訥とたとえばぼくが死んだら

森田童子さんのたとえばぼくが死んだら

が、とても好き。思春期のこじらせ文系メンヘラ女子が好きそうな曲らしいですが(当たらずとも遠からず)。とにかくうつくしくて淋しくて最高。歌詞が堪らないんですよ。

特にすきなのはここ

たとえば雨にうたれて杏の花が散っている

故郷をすてたぼくが上着の襟を立てて歩いている

いやもう本当たまらないですね。最高。すき。

故郷をすてたぼくだからきっと故郷に帰る場所はないのでしょう。ゆえに、杏の花ちるつめたい雨のなか、寄り添うだれかも無くひとりこごえる身体を自分であたためながら歩いている。

寄る辺ないささやかな孤独、故郷からとおく離れた景色を一人でみる淋しさが、とてもうつくしく描写されていると思います。

淋しいといえば、この歌にはきみとかあなたという言葉が出てきません。が、二人称は存在しています。

淋しい時はぼくの好きな菜の花畑で泣いてくれ

ぼくの名前を風にのせてそっと呼んでくれ

これは恐らく歌詞に直接的に描かれてはいないきみなりあなたなりに向けた言葉なのでしょう。

こんな風に語りかけることのできるきみなりあなたが居てもなお消えない淋しさと、それでもきみやあなたを求めて望むあたたかさがこの歌にはあるような気がして、それは絶えず巡る孤独と優しさのような気がして。胸がいっぱいになるような、空っぽになるような、それはたぶん誰かを想うことの淋しさなのです。この歌にはそういう、柔らかいかなしみがあると思うのです。